1987年のボリショイバレエ

1987年のボリショイバレエのレッスン風景をYou Tubeで見つけた。2分位だが、ムハメードフとヴァシュチェンコが出ていて、二人共ものすごく恰好いい。タランダもちらっと出ているのだが、短い中でも、ムハメードフと仲がいいのがわかる。何度見ても飽きない。その流れで、ムハメードフの最近のドキュメンタリーも見た。ロイヤルバレエをやめた後、いろいろなところでレッスンしたり、指導したり、振付したりして、ドロッセルマイヤーを踊ったりもしているそうだ。ヴァシュチェンコやタランダは今、どうしているんだろう。

VHSの整理 映画「ニジンスキー」

マリンスキー・バレエのバレエリュス・プログラムを見たのをきっかけに、You Tubeでジョフリー・バレエのニジンスキー版「春の祭典」を見て、ハーバード・ロス監督の1980年の映画「ニジンスキー」を見る。1912年から13年にかけてのバレエリュスの状況が描かれている。ディアギレフがフォーキンに見切りをつけ、ニジンスキーに振付させるようになり、「牧神の午後」「遊戯」「春の祭典」を作るが、その後、ニジンスキーが結婚したことで二人の関係が破綻する。ほぼ史実通りの筋で、ディアギレフ、ニジンスキー、フォーキン、ストラヴィンスキー、タマーラ・カルサーヴィナ、レナード・マシーンなど実在の人物が登場する。因みにフォーキンを演じているのは、ジェレミー・アイアンズ。「春の祭典」は、今や多くのコレオグラファーが振付しているが、初めてこの音楽に取り組んだニジンスキーと踊ったダンサーたちの苦労は計り知れないことがよくわかる。

モースの系譜

サーズデー→モース→ルイス→ハザウェイ→マードックスというモースを中心としたオックスフォードの刑事の系譜はすごい。モースとハザウェイは性格的に似ているので、間に入ったルイスの苦労が大きいところが面白い。つまり、ルイスは上司で苦労し、部下でも苦労することになる。ルイスを演じているケヴィン・ウェイトリーは約30年間ルイスを演じ続けていたわけで、他の役を演じてる姿が想像できない。因みに、ルイスをやる前に彼は、ミス・マープルでも刑事をやっている。結局、この人は刑事にしか見えない。しかし、イギリスの刑事物は、カーチェイスもないし、撃ちあいもないし、ギャングもいないし、警官がドアに体をぶつけて突入することもないし、なんとものどか。そのかわり、普通の人間の闇がすごい。

ポール・テイラー

アメリカのモダンダンスの振付家、ポール・テイラーが2018年に亡くなっていたことを最近知った。マーサ・グラハムやマース・カニングハムのカンパニーで踊った後、自分のカンパニーを立ち上げ、ニューヨークで定期公演をするアメリカを代表するモダンダンスのカンパニーに作り上げた。学生時代は水泳をやっていたそうで、長身で体格が良く、ダンサーとしてマーサ・グラハムには気に入られていたようだが、さすがに彼の踊る姿は見ていない。彼の作品は、自由で楽しいという印象がある。色彩的にも華やかで、明るい。音楽はほとんどがクラシック音楽を使用している。彼の作品は世界中のバレエ団のレパートリーにもなっている。そう言えば、最近(21世紀に入ってから)、モダンダンスのカンパニーが来日しなくなったような気がするが、どうしてだろう。

南阿佐ヶ谷

シアターシャインで、激団リジョロの「Re:organ」を見る。舞台も客席も泥だらけで全体が森のイメージ。思っていたより、過激ではなかった。休憩なしで2時間以上の芝居を見るのは久しぶりで疲れたのか、終演後客席で派手に転ぶ失態。

ストラヴィンスキーとバレエ・リュス

クラシカジャパンで、マリンスキー・バレエの「ストラヴィンスキーとバレエ・リュス」を見る。バレエ・リュス時代にストラヴィンスキーの音楽で作られた作品のトリプル・ビル。フォーキンの「火の鳥」、ニジンスキーの「春の祭典」、ニジンスカの「結婚」の3本。「火の鳥」と「春の祭典」は派手な美術、鮮やかな色彩の衣装、登場人物が多く、ストーリーが複雑で、エキゾティックな雰囲気で作られている。20世紀の初めのヨーロッパではこういう作品が好まれたのであろう。少し後に作られた「結婚」はだいぶ趣が違う。結婚の儀式をバレエ化した作品で、ストーリーはなく、セットはシンプル、衣装は地味。古い作品ではるが、上演価値があるのは、音楽がただのバレエ音楽ではなく、音楽そのものとして素晴らしいからであろう。

神楽坂

セッションハウスで、ダンス”カトルカール”プロジェクトを見る。振付もダンサーも全員女性による四組の公演。電車賃をケチって行きも帰りも飯田橋から歩く。今日も人出が多くにぎやか。

三軒茶屋

シアタートラムで、キ上空論の「脳ミソぐちゃぐちゃの、あわわわーで、褐色の汁が垂れる。」を見る。タイトルはよくわからないが、わかりやすい作品。上演時間は2時間、楽しく見られた。帰りは、半年ぶりに渋谷へ。東横のれん街、フードショウの場所が移動していて、あちこち歩き回る。しかし、人の多さには驚き。

六本木

劇団俳優座5階稽古場で、劇団俳優座の「心の嘘」を見る。サム・シェパードの1985年の作品。35年前の作品だが、ほどんど現代劇。アメリカの進歩していない部分が見事に描かれている。誰も携帯電話を持っていないことに違和感がない。

1984

クラシカジャパンで、イギリス、ノーザン・バレエの「ジョージ・オーウェルの1984」を見る。ジョナサン・ワトキンスの振付。1984年ももう30年以上前のことなので、初めて読んだ時とはだいぶ印象が違う。高橋宏尚がチャリントン氏を踊っている。

モーツァルティアーナ

チャイコフスキーの組曲第四番「モーツァルティアーナ」。タイトル通り、モーツァルトの曲をベースに作曲されている。バランシンは、30年代からこの曲に振付ているが、亡くなる二年前の1981年、改めて振付をしている。小品を除くと、バランシン最後の作品と言える。バランシンは組曲第三番にも振付していて、それは全曲上演されるより、最後の「テーマとヴァリエーション」が独立して上演されることが多い。こちらは、かなり華やかな、いかにもロシアバレエといった作品だが、「モーツァルティアーナ」はそれとは全く異なる。出演者はソリスト3人、アンサンブルが4人、少女のアンサンブル4人と少なく、衣装はほとんど黒と白という地味な作品。原曲は、「ジーグ」「メヌエット」「祈り」「主題と変奏」の順になっているが、バランシンは、「祈り」「ジーグ」「メヌエット」「主題と変奏」の順にしている。オープニングの「祈り」はスザンヌ・ファレルと4人の少女によって踊られるが、明りが入って中央にいるスザンヌ・ファレルが顔をあげた時の美しさには息をのむ。ゆっくりしたテンポなので、複雑な振りはないが、その中で、バランシンが伝えようとするものが、しっかり体現できている。もう、こういうダンサーは出てこないだろう。ここを見るだけで、この作品はスザンヌ・ファレルのための作品なのだということがわかる。4人の少女たちは、ファレルの分身ということなのだろうか。「主題と変奏」は、ファレルとイブ・アンデルセンのパ・ド・ドゥ。アンデルセンはマーティンスやリューダースほど背が高くなく、ポイントで立つとファレルの方が高くなる。しかし、この作品で敢えて彼をパートナーにしたのは、パ・ド・ドゥだが、ソロの部分が多いためか、全体の印象として統一感を目指して(身長のある女性たちと、それと同じくらいの男性)いたのか? 全員が登場する、最後のヴァリエーションはこじんまりしているが素敵だ。バランシンの作品は、作品ごとに著作権を持っている人が違うということだが、この作品は誰が持っているのだろうか。あまり上演機会がないのが残念である。

ペールギュント

クラシカジャパンで、ウィーン国立バレエの「ペールギュント」を見る。グリーグの組曲の他、ピアノ協奏曲を使い、エドワード・グルーグが構成、振付した作品。イプセンの原作は長くて難解だが、2時間のバレエにまとめると、わかりやすい。

住吉

ティアラこうとう小ホールで、住吉亭春風亭正朝独演会を見る。「お見立て」と「竹の水仙」の二席。ソーシャルディスタンスをとっての客席だが、3月の時よりも、お客さんは入っているような印象。換気のため、開口一番(一蔵さん)の後に休憩というのは、ちょっときつい。5ヶ月ぶりの夜の外出だが、外も電車の中も閑散としていて、昼よりも安全かもしれない。

ライブ配信

ライブ配信で、あひるなんちゃらの「畳子力学」を見る。公演は、いつものように駅前劇場で、無観客で行われている。関村さんの前説、後説もいつものよう。観客の笑い声が聞えないのが違うところ。お金を払ったものの、見られなかったらどうしようと、直前まで不安だった。

ファラオの娘

クラシカジャパンで、ボリショイバレエの「ファラオの娘」を見る。プティパの処女作ということで、復刻上演された。音楽はプーニ。エキゾティックでスペクタクルで、派手で、当時としては喜ばれたらしいが、音楽は月並みだし、ストーリーは荒唐無稽すぎるし、主役のバレリーナの見せ場がやたら多い。有色人種の役を肌にメイクをして踊るというのも違和感がある。淘汰された作品には、やはりそれなりの理由があるものだ。

赤坂見附

赤坂レッドシアターで、劇団NLTの「オウムとにわとり」を見る。40年近く前に紀伊国屋ホールで見た作品。賀原夏子さんの可愛らしさは忘れられない。帰りは赤坂に出て、この前、岸田さんが買物をしていた吉池で買物。赤坂駅の近くにマルエツが出来ていたので、そこでも買物。赤坂駅周辺はすっかり変わっていた。