NYCBスプリングガラ

You Tubeで、NYCBスプリングガラの配信を見る。よくあるような、舞台を配信用に撮影したものとは違う。ソフィア・コッポラが監督し、映像作品として作成されている。バランシン、ジェローム・ロビンスの作品と、ジャスティン・ペックの新作、全部で5作品が踊られるが、いずれも作品の一部。むしろ、カンパニー、劇場(昔はニューヨーク・ステートシアターと言っていたが、今はコッチ・シアター)、ダンサー、各種関係者の思いをバレエ作品とない交ぜにして描いている。全編ほぼモノクロで、踊る場所もスタジオであったり、舞台袖(搬入口の前)だったり、ロビーだったりする。カメラは正面からだけではなく、様々な方向からダンサーをとらえる。ジャスティン・ペックの作品は、舞台上で踊られるが、舞台後方からのカメラの映像だと、無人の客席が背景になる。最後は、バランシンの「モーツァルト ディベルティメント15番」のフィナーレだが、ここだけはカラーで、舞台を正面から撮影している。全体で30分ほどだが、NYCBの今がつまっている。

ロイヤルバレエの10年

2010年にロイヤルバレエが日本公演を行ったが、その時、一番下のランク、アーティストには27人のダンサーが所属していたが、現在も在籍しているのは8人。そのうち、3人がプリンシパル(高田茜ほか、全員女性)、2人がファースト・ソリスト、ソリストとファースト・アーティス、アーティストにそれぞれ一人ずつ。男性の出世頭は、ファースト・ソリストのジェームズ・ヘイ。身長が低い方で、童顔なので、役柄が多少限られるが、「うたたかの恋」のブラットフィッシュは素晴らしい。近年は、新しい役にもどんどん抜擢されているようだ。ただ、同じようなタイプである、ルカ・アクリがどんどん迫ってきているので、うかうかしていられないだろう。いずれにしても、入れ代わりが激しいし、競争の激しい世界なのは、確か。日本人のダンサー、アジア系のダンサーがどんどん増えているのは嬉しい。因みに、2010年、リアム・スカーレットは、ファースト・アーティストだった。

改めてリアム・スカーレット

You Tubeでロイヤル・バレエを見ていると、ダンサー時代のリアム・スカーレットに遭遇することがある。もとから、コレオグラファー志望だったそうだが、ダンサーとしてもユニークな存在だったことがわかる。何があったのかはわからないが、改めて残念。彼の新演出の「白鳥の湖」はどうなるのだろうか。

マカロワ版「ラ・バヤデール」

You Tubeで、ロイヤル・バレエの「ラ・バヤデール」を見る。当然マカロワ版で、2009年の公演のもの。ニキヤはタマラ・ロホ、ソロルはカルロス・アコスタ、ガムザッティは、最近はニキヤを踊っているヌニェス。改めて見ると、マカロワ版はよく出来ている。第二幕、第三幕のディベルティスマンは最低限に整理されて、最後は結婚式と崩壊の場面となる。そうなることで、仏像のソロが無人の場面で踊られることになり、ガムザッティも最後に見せ場を与えられる。ただ、そのフィナーレが多少くどいのも確かだ。影の王国のシーンの後で、ソロルが結婚式に臨むこともいささか理解しかねる。

新旧ダイヤモンド

ロイヤルバレエのマリアネラ・ヌニェスの踊る「ジュエリー」第三部ダイヤモンドのパ・ド・ドゥが素晴らしい。表現が豊かで、まるで、曲の違う「白鳥の湖」を見ているようだ。スザンヌ・ファレルの映像を見ると、真逆である。ほとんど無表情で、パートナー(ピーター・マーチンス)を見ることもほとんどない。ただ、自分の踊りに集中している。おそらく、バランシンは、そうしてダイヤモンドの美しさと冷たさを表現しようとしたのだろう。「ジュエリー」が古典化されている今、解釈はいろいろあっていいのだろう。

両国

お江戸両国亭で、てるてる坊主の会を見る。三番叟と蘭蝶の後半と品川心中。品川心中を新内でやるというのは、中々粋。思いのほか、客席はいっぱい。

ハンブルク・バレエ

BSプレミアムシアターで、ハンブルク・バレエの「ゴースト・ライト」を見る。ノイマイヤーが昨年10月に発表した作品。団員がほぼ全員出演し、シューベルトのピアノ曲をバックに(生演奏)踊られる。ノイマイヤー作品の登場人物が合間に登場してくる。舞台の中央には照明器具(ゴーストライト)が置かれている。菅井円加も即興曲第一番をバックに素敵なパ・ド・ドゥを踊っていた。ノイマイヤーはすっかり白髪になったが、溌溂としている。もう30年以上ハンブルク・バレエを率いているが、いい意味でバレエ団に安定性を与えている。

オシポワ

You Tubeで、ボリショイ時代のオシポワを見まくる。「ラ・フィル・マル・ガルデ」「エスメラルダ」「ジゼル」「ラ・バヤデール」はニキヤもガムザッティも踊る。ボリショイにいた頃はまだ若かったが、可愛らしくても、貫禄がある。とにかく、何でもこなす。ロイヤル・バレエのガラ公演では、「瀕死の白鳥」を踊っていたが、これもすごい。リアルすぎるところが苦手な人もいるかもしれないが、それも超越してオシポワのものになっている。

リアム・スカーレット

ロイヤル・バレエの新演出の「白鳥の湖」を振付したリアム・スカーレットが35歳で亡くなった。セクハラ問題があって、ロイヤル・バレエを解雇された後なので、自殺ではないかという噂がたっているが、死因は明らかにされていない。いずれにしても、惜しいし、残念。

パ・ド・カトル

「ぱ・ど・かとる」という芝居をやるので、バレエの「パ・ド・カトル」をYou Tubeで見る。シンプルだが、美しい作品。ただ、四人の女性が平等に主役なので、いろいろと大変そうで、案外上演の機会は少ない。個人的には、アナニアシヴィリとダーシー・キシラーが共演した舞台が忘れがたい。

フィリップ殿下

You Tubeで、フィリップ殿下のお葬式をノーカットで見る。イベントの構成・演出、登場する兵士や楽隊たちの衣装、音楽など興味深いところが沢山ある。オンラインで世界中の人が見ているとはいえ、会葬者が少ないのはやはり淋しい。フィリップ殿下とエリザベス女王には四人の子供がいるが、唯一人離婚していなくて、唯一人ほとんどスキャンダルがないのは、三男のエドワード王子。子供の頃は、やんちゃな末っ子で可愛かったが、大人になってからはいたって地味な存在。でも、今や一番頼りがいのある存在のようだ。

デフィレ

You Tubeで、パリ・オペラ・バレエのデフィレを見る。たぶん2015年頃のもの。デフィレは行進という意味で、パリ・オペラ・バレエ伝統のイベント。全カンパニーメンバーとスクールの生徒たちの顔見世である。女性は白のクラッシックチュチュ。男性も白の上下。スクールの生徒は黒のパンツ。エトワール以外は黒のベストを着ている人もいる。舞台の奥からただ、歩くだけのものだが、歩く姿でも十分見せられるということろがすごい。まず女性が、スクールの生徒、そして、階級の下から一列6人か4人で登場するが、その間に、エトワールは一人で登場。女性の最後は、オレリー・デュポンで、まさしくトリ。その後、男性も同じように続く。やはり一度生で見てみたい。

信濃町

文学座アトリエで、文学座有志による自主公演「岸田國士恋愛短編集」を見る。「恋愛恐怖症」「チロルの秋」「命を弄ぶ男ふたり」の3本で、演出家はそれぞれ違う。間口を広く使った演技空間と、生音の音楽が新鮮。文学座のアトリエで岸田國士を見るのは、40年ぶりくらいかも。帰りは四谷三丁目に出て、丸正で買物。

新宿三丁目

紀伊国屋サザンシアターTAKASHIMAYAで、劇団民藝の「どん底ー1947・東京」を見る。「どん底」を戦後まもない新橋の設定にしたもの。登場人物はほぼ「どん底」のまま。起こる出来事も「どん底」のまま。どうせなら、最後の台詞はサーチンに言わせてもらいたかった。

ジュエルズ

バランシンの「ジュエルズ」は、アブストラクト・バレエの多幕物という異例の作品。3部構成で、それぞれにバランシンの特徴があるので、バランシン好きにはたまらないが、バランシンが苦手な人にはつらいかも。
第1部 エメラルド 緑 フォーレ ロマンティックチュチュ
第2部 ルビー 赤 ストラヴィンスキー 現代的な衣裳
第3部 ダイヤモンド 白 チャイコフスキー クラッシックチュチュ
やはり、最後のダイヤモンドがいかにもフィナーレらしくて素晴らしい。チャイコフスキーの交響曲第3番の第2楽章から第5楽章が使われている。この曲はあまり演奏される機会がないが、5楽章構成という異色作。第3楽章に振付られたパ・ド・ドゥはバランシン作品の中でも出色のパ・ド・ドゥ。初演はもちろんスザンヌ・ファレル。You Tubeで、ボリショイバレエ、マリンスキーバレエ、パリ・オペラ・バレエ、ロイヤル・バレエ(リハーサル風景)のが見られる。スザンヌ・ファレルとピーター・マーチンスのパ・ド・ドゥだけを映像用に撮影したものも見られるが、スザンヌ・ファレルがまだ若くて、可愛らしい。

バレエ・インペリアル

バランシンが、NYCBが出来る前に作った作品で、音楽はチャイコフスキーのピアノ協奏曲第2番。その後、NYCBでの上演では、改訂され(たぶんスザンヌ・ファレルのために)、タイトルも「チャイコフスキー ピアノ協奏曲第2番」となった。というわけで、同じ作品だが、上演するカンパニーによってタイトルが違う。ソリストは男女二人と女性一人。「スコッチシンフォニー」「ワルプルギスの夜」と同じバランシンによくある構成。この作品は、男性の見せ場が少ない。ソリストは少し見せ場があるが、コール・ドは出番も少ないし、ほとんど女性を支えるのみ。ところで、チャイコフスキーのピアノ協奏曲は3曲ある。1番はポピュラーな名曲だが、2番の方がテクニック的にはピアニストの見せ場がある。しかし、異色なのは、第1楽章が25分くらいの長さがあること。終りそうで終わらないし、異常に長いカデンツァ(ソロ)がある。第2楽章は、ヴァイオリンとチェロのソロも入って、ピアノ協奏曲というより、トリオ協奏曲。ただ、バレエにあった音楽であるのは間違いない。因みに、第3番は、一楽章のみというこれも異色作。バランシンの「アレグロブリランテ」はこの曲に振り付けられた作品。

グッド・ワイフ

アメリカ版の「グッド・ワイフ」の日本の放映はかなり以前NHKが始めたが、3シーズンあたりでよくあるように、NHKは放映を投げ出してしまった。そのうち、韓国版、日本版も作られ、アメリカ版も第7シーズンで終了した。しばらくして、CSのD-Lifeが放映を始めて、第5シーズンまで見られたが、D-Lifeが消滅。そして、WOWOWが放映を始めたので、やっと第6シーズンを見ることが出来ることになった。しかし、「グッド・ワイフ」を途中で投げ出しておいて、スピンオフの「グッド・ファイト」の放映を始めるとは、何ともNHKらしい。「グッド・ファイト」もいつまでやってくれるか期待できないし、「シカゴ・メッド」もどうするのだろうか。何よりも、エンドタイトルをカットするのを、いいかげんやめて欲しい。

六本木

劇団俳優座5階稽古場で、劇団俳優座の「雪の中の三人」を見る。ケストナーの児童文学作品なので、ハッピーエンドでちょっと毒が少ないところが物足りないが、確かに子供が見ても退屈しない、良く出来た作品。帰りはミッドタウンのPresseで買物。

モースとヴェラ

二人共独身で一人暮らし、自分中心で、事件がおきると他のことが見えなくなる。というわけで、時間に関係なく部下に電話したり、休暇中でもお構いなしに呼び出したりする。ヴェラの最初の部下、ジョーのうちでは、ヴェラはムッソリーニと呼ばれていて、奥さんはついに我慢できなくなったようで、別の部署に異動した。となると、モースが亡くなるまで、彼のそばにいたルイスの奥さんはよっぱど出来た人なのだろう。

下北沢

小劇場B1で、タテヨコ企画の「誰かの町」を見る。「わが町」のタテヨコ版。最後はやっぱりしんみりしてしまう。帰りはオオゼキで買物。

フォーキンのバレエ

You Tubeで、フォーキンのバレエを初演時に近い状態で映像化した作品を見る。「ペトリューシカ」と「火の鳥」の二本で、両方共、リエパが主演。火の鳥は、アナニアシヴィリ。リエパがかなり若く見えるので、1980年代に製作されたものと思われる。二本共、舞台の映像化ではなく、完全に映像として作られているところが画期的で、踊らないエキストラも大勢使われているし、初演時の美術、衣装が再現されているところも見応えがある。振付も、可能な限り、フォーキンのものを再現しているのだろう。

NHKの海外ドラマ

古くは、山岡久乃のミス・マープル、森光子のジェシカおばさん、露口茂のシャーロック・ホームズ、宍戸錠のマクロード、最近では、横内正のモース、小野武彦のバーナビーと、NHKの吹き替えは他ではあり得ないキャスティングだが、長続きしないのが難点。しかも、以前はカットして放映していたので、今の放映だと部分的に声変わりしている。NHKが途中で放り出した作品をCSで放映する時も、声変わりがおこる。「This is us」をNHKが放送した時、ケビンの声が髙橋一生だったのでいやな予感がしたが、第2シーズンですでに声変わり。

ジェームズ・レヴァイン

メトロポリタンオペラを象徴する指揮者。彼が指揮する公演は、安心して見られた。いつも笑顔で、人気があった。体が大きく、今で言うメタボ体型で、リハーサルでは必ずバスタオルを肩にかけていて、それは彼のシンボルみたいなものだった。数年前、セクハラで訴えられ、不遇な晩年だったが、彼の笑顔とバスタオルだけは、脳裏から離れない。まだ70代だったので、惜しい。

下北沢

小劇場B1で、名取事務所の「東京ブギウギと鈴木大拙」を見る。東京ブギウギの作詞者と禅の大家、鈴木大拙とが親子だったという意外な発見。いろいろなエピソードがあるので、説明が多くなってしまうのが難。久しぶりの下北沢。前に行った時はオオゼキが改装するため仮店舗に移る前だったが、もう改装が終わって、きれいになっていた。そのオオゼキに買物。

モースの弱点

モースは死体を見るのが苦手。現場でも検視官室でも、死体に近づかない。長い付き合いになる検視官のマックスと初めて会った時、モースは死体がまともに見られず、マックスに呆れられる。しかし、モースの別の部分での有能さを認めたマックスは言葉で丁寧に説明するようになる。優秀な検視官だが、人間的にも素敵な人で、モースの理解者の一人。しかし、若い時のマックスは、なんとも可愛らしい。

信濃町

文学座アトリエで、文学座の「昭和虞美人草」を見る。漱石の「虞美人草」を70年代の設定にした作品。発想は面白いが、時代の表現がちょっとしつこすぎる。休憩を入れて、2時間45分。帰りは四谷三丁目に出て、丸正で買物。

ヴェラ

モースに続いて今はまっているのは、ヴェラ。一見、おしゃべり好きで、頼みもしないのに、べらべら余計なことをしゃべるただのおばさんだが、実は警部。それも回りにうとまれているおばさん刑事ではなく、チーフとして部下に指示をして捜査の指揮を取る。モースと違うのは、部下が何人もいて(モースはルイスだけ)、その特性をうまく使って的確な指示を出すところと、人の言うことをちゃんと聞くこと。共通しているのは、独身であることと、飲食に無頓着なため肥満気味なこと。そして、何気にちょっとおしゃれなこと。

イギリスの警察官

見慣れているアメリカの刑事ドラマと比較すると、イギリスの警察官は相対的にのんびりしている。歩いていても、車に乗っていても緊張感がない。めったに拳銃を携帯しないので、拳銃が撃てるのかも疑問だ。鍵のかかっているドアを開けるのは恐ろしく下手だ。今だに、よく煙草を吸うし、お酒も飲む。捜査の途中で、パブに入ってビールを飲むのも日常茶飯事。もちろん、その後で運転はしないが。因みに、検視官が個性的なのは、イギリスもアメリカも共通している。

両国

シアターχで、トム・プロジェクトの「たぬきと狸とタヌキ」を見る。ちょっと設定に無理があるのと、男性二人が不要では?というところが難点。帰りは、青山一丁目のまいばすけっとで買物。最近、まいばすけっとにちょっとはまっている。

パトリック・デュポン

つい先日、相変わらず恰好いいルグリの姿を見て、80年代、90年代のパリ・オペラ・バレエに思いをはせていたばかりのところに、パトリック・デュポンの訃報が飛び込んできた。異端児的な存在だったが、いかにもフランス人のイケメンで、格好良かった。どちらかというと、バリシニコフタイプだったので、アメリカにいた方が合っていたのかもしれない。