オンライン劇場

You Tubeで、名作オンライン劇場「12人の浮かれる男」を見る。12人の陪審員がZOOMで協議するという設定。ついにこういう演劇形態が出て来たか。こちらも見られているのではないかとちょっと心配になる。終演後の挨拶は不要では。

日本人ダンサーの活躍

ロイヤルバレエの「白鳥の湖」では、日本人ダンサーが脇で活躍。小林ひかるが大きな白鳥(ロイヤル版では二羽)、蔵健太と平野亮一が王子の友人と3幕のスペイン(平野)、マズルカ(蔵)に。平野亮一はべろんべろんに酔っ払って醜態をさらす友人の役。彼は背が高いので、存在感がある。現在は、小林ひかると蔵健太は退団していて、平野亮一と高田茜がプリンシパルで、先日は二人が主演の「ロミオとジュリエット」もBSで放映していた。しかし、今ヨーロッパのほとんどのバレエ団には日本人がいるのではないかというくらい、日本人が活躍している。それに比べると、アメリカで活躍しているダンサーが少ないような気がする。

ルスランとリュドミラ

クラシカジャパンで、クレムリンバレエの「ルスランとリュドミラ」を見る。1993年製作の映像版。本来はグリンカのオペラだが、今は序曲だけが有名で、作品自体は知られていないが、それをバレエ化したもの。リュドミラというお姫様と婚約者のルドミラが、困難に会いながら最後はめでたく結ばれるという、「ライモンダ」のようなお話。マイムはほとんどなく、踊りで構成されており、男性中心の作り方で、男性のコール・ドが活躍するなど、グリゴロヴィッチの影響が見て取れる。監督のオレグ・グリゴロヴィッチというは何者なのか不明。原作はプーシキンなので、いかにもロシア的な華やかさと怪しさであふれている。しかし、グリンカの音楽は素晴らしい。序曲だけしか知られていないのがおしいが、この曲の影響で「スパルタカス」や「ライモンダ」が生まれたのは確か。

ロイヤルの「白鳥の湖」

wowowで、ロイヤルバレエの「白鳥の湖」を見る。プティパ、イワノフ版に、アシュトン、ベントレーが手をいれ、アンソニー・ダウエルがまとめて演出している舞台。20世紀初頭のヨーロッパのどこかの王国が舞台という感じなので、「うたたかの恋」の世界観。王子はまさしくルドルフ。母親との確執があり、結婚をいやがり、すべてがうっとうしい状態。家庭教師や学友は、酒ばかり飲んでいる仕方のない連中で、妃の座をねらう女性たちがたえず近づいてくる。この女性たちが描き方が面白い。彼女たちは花嫁候補ではなく、求婚者で遠慮なく自分を売り込む。近代の女性をイメージしている。その割に、ロットバルトは梟の精というのが、時代錯誤な感じ。第1幕は庶民たちの場、第3幕は上流階級の仮面舞踏会。

バリシニコフとバランシン

バランシンを踊るバリシニコフの映像がかなり残っている。NYCB時代のもので、「放蕩息子」「鉛の兵隊」「タランテラ」「チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ」、ABTに戻ってからのもので、「アポロ」「フー・ケアーズ」「夢遊病の女」。レア物で、NYCBに移籍前の、ゲルシー・カークランドと踊る「テーマとヴァリエーション」。NYCB時代のものはちょっと居心地が悪そうで、力を出し切れないように見える。NYCBの男性ダンサーはピーター・マーティンスに代表されるように背が高く、しかし存在は控え目なのが特徴だが、バリシニコフは真逆。結局、彼の背の低さが妙に目立っている。しかし、バランシン本人に直接手とり足とり指導を受けたという、ヌレエフにもマカロワにも出来なかったことを経験できたのだから、彼には良かったのだろう。ABT時代になると、バランシンが亡くなった後ということもあるのだろうが、俄然楽しそうに見える。カークランドの踊るバランシンを初めて見たが、本人がどう思っているかはわからないが、案外彼女はバランシンのバレエに向いているような感じがする。バランシン、カークランド、マーティンス、バリシニコフの不思議な関係は何か運命的だ。

今日もバランシンざんまい

ビデオ(VHS)で、バリシニコフ主演の「放蕩息子」を見て、You Tubeでピーター・マーティンスとスザンヌ・ファレルの「アレグロブリランテ」、キーロフ・バレエの「テーマとヴァリエーション」、スザンヌ・ファレルが若い頃(60年代)の「コンチェルト・バロッコ」を見る。キーロフの「テーマとヴァリエーション」はルジマードフが主演。彼の踊るバランシンを初めて見たが、ちょっとミスマッチな印象。

You Tubeのバランシン

You Tubeで、バランシンを見ていると、止まらない。バランシンのドキュメンタリー番組を見た後、グリンカの音楽による「ワルツ・ファンタジー」(これは珍しい)、「エレジー」「モーツァルティアーナ」「ジュエルズ」などを立て続けに見て、古き良き時代のNYCBに浸る。今さらながら、スザンヌ・ファレルは素敵だ。

ウィーン国立歌劇場バレエ団

クラシカジャパンで、ウィーン国立歌劇場バレエ団の「ドン・キホーテ」と「くるみ割り人形」を見る。今、ルグリが芸術監督をしているということで、パリ・オペラ・バレエつながりで両方共、ヌレエフ版。ヌレエフはちょっと奇想天外な発想をする。「シンデレラ」をハリウッドを舞台にしたり、「白鳥の湖」でロッドバルトと家庭教師を同一人物にしたり。この二つに関しては、あまり突飛なことはないが、「ドン・キホーテ」は、あくまで主役をドン・キホーテにしようとして作っている。音楽がかなりアレンジされていて、ちょっと聞きづらい。しかし、ヌレエフの一番の特徴は、すごくむずかしくて複雑な振付をすることだ。グリゴロヴィッチの振付は案外シンプルで、振りそのものより全体の振付で何を表現するかということに重きをおいている。ヌレエフはダンサーでなければ考えつかない振りを見せることに重きをおいている。振付を見せる舞台と、振りを見せる舞台という違いだろうか。

VHSの整理 グリゴロヴィッチ版「ロミオとジュリエット」

オールスター・キャスト。ベスメルトノワ(ジュリエット)、ムハメードフ(ロミオ)、A・ヴェトロフ(ティボルト)、シャルコフ(マーキューショー)、ファジェーチェフ(パリス)。舞台装置はほとんどないので、転換はなく、照明の変化で場面の移動を表現している。当然、バルコニーもない。マイムを極力なくしているので、皆踊る。キャプレット夫妻も踊る、大公も踊る、乳母も踊る。さすがにロレンス神父はほとんど踊らない。マクミラン版と違うのは、ベンヴォーリオやロザラインが登場しないこと。パリスの踊るシーンが多いこと。全体的にロミオが中心で、男のバレエという印象が強い。要するに、グリゴロヴィッチのバレエだ。ラストシーンは、目覚めたジュリエットと、死にそうなロミオのデュエット。ロミオとパリスが鉢合わせして、パリスが殺されるシーンはない。

VHSの整理 アレキサンダー・ヴェトロフ

ムハメードフ、タランダと同世代だが、いわゆるサラブレッド組。しかし、リエバ、ファジェーチェフとはちょっと違った存在。「スパルタカス」のクラッスス、「ロミオとジュリエット」のティボルト、「白鳥の湖」のロットバルト、「ライモンダ」のアブダラーマンを踊るかと思うと、「眠りの森の美女」の青い鳥、「白鳥の湖」の王子も踊る。つまり、ムハメードフの踊る役も、タランダの踊る役も踊るという役柄のストライクゾーンが実に広い。しかし、彼の踊りのエネルギーと踊りを超越した表現力はすごい。例えば「スパルタカス」のクラッススの場合、踊りの中に彼の邪悪さ、非人間さ、野心、いやらしさ、恐ろしさ、図々しさがすべて表現されていて、踊りを見るだけで、それがどういう人物なのかがわかる。最近のボリショイの「スパルタカス」の映像を見たが、まるでお話にならない。いつから、ロシアのダンサーはあのエネルギーを失ってしまったのだろうか。ところで、同じ時期もう一人、ヴェトロフというダンサーがいた。こちらは、ユーリ・ヴェトロフ。「くるみ割り人形」のドロッセルマイヤー、「ジゼル」のヒラリオン、「ロミオとジュリエット」のロレンス神父、「白鳥の湖」の家庭教師、「眠りの森の美女」のカラボスなど、もっぱら演劇的役柄が多いが、小さな役も含めてほぼほとんどすべての公演に出演している。実は、彼、グリゴロヴィッチの助手もつとめていたそうだ。しかも、奥さんはプリマのブイローワ。さて、この二人のヴェトロフに共通しているのは、ソ連崩壊後もボリショイに居続けたこと。さすがに、ユーリはグリゴロヴィッチと共にボリショイを去ったようだが、アレキサンダー・ヴェトロフはその後もボリショイに居続けた。

VHSの整理 ムハメードフとタランダ

共に80年代初めにボリショイバレエに入団。グリゴロヴィッチの薫陶を受け、グリゴロヴィッチ・バレエの申し子となり、80年代後半にはボリショイの代表的ダンサーとなった。しかし、ムハメードフは主役、タランダは準主役(ほとんどが敵役)なので、共演機会が多い。「イワン雷帝」のイワン4世とクルプスキー、「愛の伝説」のフェルハードと大臣、「ライモンダ」のジャン・ド・ブリアンとアブダラーマン、「ジゼル」のアルブレヒトとヒラリオン、「黄金時代」のボリスとヤーシカ。どれも、女性をはさんでの三角関係なのだが、タランダは女性に振られる。ジゼルにもライモンダにも振られる。女王には足蹴にされ、アナスターシャには無視される。そこは、主役ではないので仕方ないところ。踊りの実力としては、二人共ほぼ同等だが、やはりムハメードフには華とカリスマがある。彼はコール・ドと同じ振りを踊ると、同じ振りであっても、彼は一人輝いて見える。タランダがコール・ドと同じ振りで踊ると、彼はコール・ドと見事なほど同化する。そこが二人の違いだ。この二人の共演で一番素晴らしいと思うのは「スパルタカス」だ。第一幕で奴隷同士が目隠しをして決闘をさせられる場面で、スパルタカスの相手になるのがタランダである。そのシーンだけで、スパルタカスに殺されてしまうので、役名もない。この場面、二人の奴隷が仮面をかぶせられて登場するので、見ている方もどちらがスパルタカスかわからない。衣装も同じだし、踊りもほぼ同じ。試合が終わって、初めて勝った方がスパルタカスだったとわかる。タランダの顔が見えるのは、死んで仮面を取られた時だけでほんの数秒。初めはこんな小さな役をなんでタランダがやるのかと思ったが、他の作品で共演する二人を見ていると、タランダだからこそできる役なのだとわかってきた。ムハメードフはソ連崩壊を待っていたようにロイヤル・バレエに移籍し、タランダはその後と追うようにボリショイを出て、独立の道を選んだようだ。

VHSの整理 ボリショイの「愛の伝説」

グリゴロヴィッチのオリジナル作品。原作はトルコの作家の作品だが、異国趣味的なものとはちょっと違う。舞台はある意味ロシアとも言えるし、ソ連の中にある小国とも言える。異国というよりは民族的な作品。無能なくせに野望や欲望ばかりある大臣(タランダ好演)や廷臣たちに囲まれている女王の国で、国を救うのは若い労働者(ムハメードフ)といういかにも共産主義的な作品。作者は、共産党員でソ連に亡命した人物なので納得。ソ連時代、好まれて上演されていたのも納得。しかし、バレエ作品としても素晴らしい。例えば、第一幕の行進。ただ同じような人物が行進するのではなく、それぞれが意義のある人物として存在し、行進が巧妙にバレエ化されている。かつて、ロシアバレエのコール・ドはきれいにそろっていることが美徳とされていたが、グリゴロヴィッチは、コール・ドをただのその他大勢ではなく、個々人にそれぞれ存在意義があり、責任があるものとして作っている。そして、ここでもタランダの存在がすごい。行進の最後に大臣が登場すると、いよいよ女王が来るという雰囲気になるのだが、登場する瞬間空気を変えるタランダはすごい。第二幕には女王と大臣のデュエットがあるが、普通男女のデュエットの後には愛が生まれるものだが、ここでは、大臣の告白を女王が足蹴にするというもので、見応えがある。